ONEDAY④ 気になるあの子

 それは、俺が二年間のコールドスリープから目覚めてまだ間もない頃。

 とあるアークスシップの艦橋にて。

 

「はい。では、そのようにお願いします」

 よく通るハキハキとした声が艦橋内に反響する。眼前に浮かぶいくつものフォトンスクリーンに目を向けながら、どこかの部署と連絡を取る彼女の後姿を、俺はじっと見つめていた。

 

(シエラ、か……)

 俺がコールドスリープから目覚めて最初に会ったこのツインテールの少女は、アークスシップの管理等を任されるシャオ特製のキャストであり、同時に、俺の専属オペレーターでもあるらしい。

 

(と、いきなり言われてもな……)

 なにしろ、体内に蓄積したダーカー因子の浄化に二年もかかったという事実がまず驚きだったのだ。その上、知らない間に守護輝士(ガーディアン)なる特別な役職を与えられ、艦橋という特殊なエリアへの出入りも許可された。

 他にも、アークスの組織体制や船内の施設など、色々なものが変化しており、頭が追いつかない……というのが今の俺の正直な気持ちだ。

(まぁ、少しずつ時間をかけて慣れていけばいいとは思うが……とりあえず、この子とはなるべく早く打ち解けておきたいところだな。しかし、どうしたものか……)

 専属オペレーターというからには、これから一緒にいる時間が長くなるだろうし、任務でも世話になるだろう。信頼関係の構築は必須だ。だが、話をしようにも、何を話したらよいのかわからない。俺はシエラのことを知らなさすぎるのだ。

 

「あのぉ……私に何か御用でしょうか?」

 

「え? あ、いや、大したことじゃないんだ。続けてくれ」

 

「はぁ……」

 くるりと座席を半回転させてこちらを向いたシエラは、怪訝そうな顔をしつつも、再び座席を半回転。スクリーンに映し出された何かの報告書とにらめっこしながら、再び作業に没頭し始めた。

 

(とにかく、もう少しシエラの情報が欲しいな。となると……)


 

「はいは~い! そういうことなら、このパティエンティアにお任せだよ!」

 

「こんなところで大声出すな、バカ姉」

 艦橋から臨戦地区のショップエリアに移動した俺は、自称情報屋の双子の姉妹、パティとティアにおおよその事情を説明した。

 情報屋といっても特に情報料等を請求されたことはなく、趣味の延長のようなものだろうが、二年間眠っていた俺よりも多くの情報を持っていることは確実だろう。

 ちなみに、うるさ――元気の良い方が姉のパティ。口が悪――静かな口調で話す方が妹のティアである。

 

「でも、どうして私たちに? 本人と直接話せばいいのに」

 

「その意見はごもっともなんだが……本人に面と向かって『君のことを教えてくれ』とはなんとなく言い辛くてな」

「わかる、わかるよその気持ち! なんか恥ずかしいもんね! 繊細なこの気持ち、ティアにはわかんないだろうな~!」

 

 

「……どうしてだろう。パティちゃんに言われるとものすごく腹が立つ……」

 一瞬、何か言いたげな目をパティに向けたティアだったが、どうせ言っても無駄だと悟ったのか、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。

「まぁいいけど。それで、せっかく頼ってくれたのに申し訳ないけど、あまりお役に立てそうにないかも。シエラさんについては、私たちもよく知らなくて……。知っているのは二年ほど前に作られたっていうことと、普通のキャストと違って一から作られたってことくらいかな」

 

「そうそう! 呼び方も違うんだよ! え~っと……なんだっけ?」

 

「……ハイキャスト」

 相変わらず忘れっぽいパティにため息をつきながら、ティアが補足する。二年経ってもこの辺りの関係は変わっていないようだ。

 なお、念のため補足しておくと、通常のキャストとはフォトンを扱う才能に長けていながら、肉体がその力に耐えられなかった場合に、改造手術によって機械的な補助を得た者をいう。つまり一応、人間がベースになっている。

 一方、シエラの場合はベースとなった人間が存在せず、その人格データは現アークス総司令官、ウルクの人格を参考に作られたとか。

 

「そうか……二人もよく知らないか」

 思わずそう呟きながら、俺は腕を組んで思案する。

 さて、どうしたものか……。

 

「じゃあさじゃあさ、今から調べようよ!」

 

「え?」

 

「わからないことは調べる。これが情報屋の基本。そうだよね、ティア?」

 

「…………」

 

「あれ? ティア?」

 

「どうしよう……パティちゃんが珍しくまともな意見を……」

 

「そうでしょそうでしょ……って、あれ? あれれ? もしかしてあたし、バカにされてる!?」

 ねぇねぇ、と食い下がるパティと、視線を逸らしつつ、気のせい、と言ってごまかすティア。

 相変わらず仲の良い(?)姉妹だ。

 

「しかし、調べるにしてもどうやって? シャオに直接聞くわけにもいかないし……」

 

「ふっふーん。それなら、あたしにいい考えがあるよ!」

 妹に比べると、いや、比べなくともかなりふくよかな胸を張って、自信満々にそう告げるパティ。

 それを見たティアはこれ以上ないほどのジト目で姉を見つめながら、一言。

 

「……いやな予感……」

 悲しいかな。俺も100%同意見だった。


 そんなこんなで、およそ一時間後。俺は再び艦橋へと戻ってきていた。

 ただし、

 

「どうかなどうかな? これなら絶対バレないよ。名案でしょ?」

 

「……姉がバカですみません……」

 俺達三人はそれぞれダン・ボウルの中に潜み、一か所穴をあけてそこから外の様子を観察している。

 ようするにパティの言う名案とは、シエラが席を外している間にこっそり艦橋に入ってダン・ボウルの中に身を隠し、彼女の普段の行動をこっそり観察しようというものだった。

 なお、艦橋にはシエラが管理業務等を行うオペレーションシート以外にこれといったものは設置されておらず、置物一つ存在しない。当然、三つ並んだダン・ボウルはこれ以上ないほど目立ちまくっていた。

 

「気にするな、ティア。それに、もしかしたら奇跡的にバレないかもしれないじゃないか」

 

「奇跡は起こらないから奇跡っていうらしいですよ」

 身も蓋もないその答えに、俺は閉口せざるを得なかった。

 

「しっ! ほらほら、来たよ二人とも!」

 その言葉に、俺もティアもはっとしてダン・ボウルの外に目を向ける。ちょうど、何かの用事を終えたシエラが艦橋に戻って来たところだった。

 頼む、バレないでくれ……!

 

「あれ? どうしてこんなところにダン・ボウルがあるんでしょう?」

 一秒でバレた。

 ですよねー。

 

「う~ん……」

 三つ横並びになったダン・ボウルの前で、何やら考え込むシエラ。

 さっさとここから出て、謝ってしまおう……。

「少し気になりますが、危険物というわけではないようですし……。あの人が頼んだものかもしれないので、ひとまずこのままにしておきましょう」

 

(えぇぇぇえ~~!?)

 俺が出ていくより一瞬先にそう結論付けると、シエラはダン・ボウルから視線を外し、彼女の指定席であるオペレーションシートへ向かう。

 右隣のパティのドヤ顔と、左隣のティアの唖然とした表情が容易に想像できた。

 それでいいのか、シエラ!?

 

「さて、それでは続きをしましょう。ぱぱっと終わらせますよ~!」

 腕まくりでもしそうな勢いでそう宣言すると、微妙に調子の外れた鼻歌を口ずさみながら作業を始めるシエラ。

 さすがはハイキャスト。スクリーンを叩く指先の動きは非常に滑らかで、一切の迷いが感じられない。

 などと考えていると、不意にシエラが耳元の通信用デバイスに片手を当てた。どうやら、誰かから通信が入ったらしい。

 

「はい、シエラです。どうしました? ああ、やっぱり。例の報告書の件ですね」

 シエラが空いている方の手でスクリーンを叩く。恐らく、その報告書とやらを開いているのだろう。

 ちなみに、俺達三人は艦橋に入ってすぐ右手の辺りに隠れており、シエラが座るオペレーションシートを右斜め後ろから見る格好になっている。距離が少し遠いことから、スクリーンの表示まではっきりと見ることはできない。

「あの人のバイタルは入念にチェックしていますが、今のところ異常ありません。ただ、例の黒い影の正体は依然として不明です。あの人が力を吸収したことを考えると、ダーカーやダークファルスと何らかの関係があるんじゃないかと推測されますが……」

 その言葉で俺はすぐにピンと来た。例の報告書とは、俺がコールドスリープから目覚めて最初に受けた任務に関するものだ。

「あの人の反応、ですか? ヒツギさんが黒い影に捕らわれて、すぐに力を……はい、迷いは見られませんでした。……そうですね、確かに軽率だったかもしれません。聞いていた通り、あの人は誰かを助けるためなら、いとも簡単に自分を犠牲にしてしまう。それがよくわかりました」

 心なしか、普段よりも厳しいシエラの口調。だが、それも当然だろう。

 俺とマトイは以前、スクナ姫を助けようとした結果、【深遠なる闇】に変異しかけたことがある。結果的に二人とも【深遠なる闇】になることはなかったが、【仮面】やシオンの助力がなければ、今頃どうなっていたことか……。

 両隣から、こちらを気遣うような気配が伝わってくる。その心遣いはとてもありがたかったが、やはりシエラの言葉こそが正論だろう。

 

「でも、大丈夫です!」

 だがそこで、一転して普段通り、いや、普段以上に明るく力強い口調でそう断言する。

 無意識のうちにうつむき加減になっていた俺は、はっとして顔を上げた。

 

「マトイさんにも、あの人にも、私がついていますから。もう絶対に、二年前のようなことは繰り返させません。そのための専属オペレーターですからね!」

 

(……シエラ……)

 並々ならぬ決意を感じさせるその言葉に、俺は思わずジーンと来てしまった。

 それが彼女に与えられた役割とはいえ、こんな風に言ってもらえて嬉しくないはずがない。

 

「うんうん、いい子だね!」

 

「少し感動した……かも」

 両隣の二人が声量を抑えながら言う。二人も俺と同じ気持ちだったようだ。

 

「はい……はい。何か異変があったらすぐに報告します。それでは」

 通信を終えると、肩の力を抜くようにほっと一息つくシエラ。人間ベースではないはずなのに、表情や仕草の一つ一つが非常に人間臭い。さすが、シャオが自ら手掛けただけのことはある。

 

「さて、それでは……」

 そう言って、なぜか辺りをキョロキョロ見回すシエラ。そして、おもむろにスクリーンを何度か叩くと、再び通信デバイスに片手を当てた。

 

「こんにちは。少し時間ができたので、お話しませんか?」

 どうやら、今度はこちらからどこかに連絡をしたようだ。

 声のトーンが普段よりも柔らかく、リラックスしているように見えるが……相手は一体誰だろうか。

「仕事ですか? はい、大分慣れてきましたよ。スクリーンをずっと見ていると目が疲れるので、このメガネが欠かせません! ……なんちゃって。キャストの私にそんなことあるわけないですよね。え? メガネがない方が可愛い……ですか? え、ええっと……ありがとうございます」

 会話内容から察するに、どうやら仕事ではなくプライベートな通信のようだ。

 しかし、そうなるとますます相手が気になる。

 

「なんだか仲良さげだね。これはもしかしてスクープの予感!?」

 

「パティちゃん、ちょっと黙ってて」

 そう言いつつも、ティアもパティと同じく興味津々のようで、じっと通信に聞き入っている。

 盗み聞きしているということも忘れて、俺もついつい、耳をそばだててしまった。

「……そうですね。艦橋から見える宇宙の星々はとても綺麗なんですが、たまには別の場所にも行ってみたいです。え? デートですか? そ、そのぉ、興味はあるんですが、そういったことはまだよく知らなくて……」

 時折、しどろもどろになりつつも、楽しげに会話を進めるシエラ。相手がどこの誰かは知らないが、かなり親しい間柄のようだ。あるいは……。

 

「シエラちゃんに恋人発覚!? どうしようティア。すっごい大ニュースだよ、これ!」

 

「まだ確実とは言えないけど……その可能性も否定できないかも」

 情報屋としての血が騒ぐのか、声色に真剣みが増すティア。一方、俺はなんとも言い難い複雑な気分だった。

 専属オペレーターとはいえ、彼女のプライベートにまで口を出す権利がないことはもちろん、わかっている。だが、彼女は生まれてまだ二年なのだ。いくら人格データが大人のものでも、悪い男に騙されているのではないかと不安に思うのは仕方のないことだろう。仕方ないはずだ、うん。

 

(せめて、相手の名前だけでも確認を……)

 もはや盗み聞きしている罪悪感など宇宙の彼方へ消し飛び、俺はスクリーンの表示を見るため、ほふく前進の要領でダン・ボウルごと少しずつ移動を始める。

 と、その時。

 

「あ、そろそろメディカルセンターに行かないと……」

 突然、会話を打ち切ったシエラが、くるりと座席を半回転させる。

 そして、ただ一つ移動したダン・ボウル――すなわち俺を見て、ぴたりと静止した。

 

「…………」

 

「…………」

 艦橋内に漂う気まずい沈黙。明らかに怪しまれている。

 だが、まだ完全に姿を見られたわけではない。ここから大逆転の一手を……!!

 

「な、中には誰もいないニャウ!」

 

「なんだ、ニャウでしたか……って騙されませんよ! 出てきてください!」

 残念ながら、二度目の奇跡は起こらず。

 俺たち三人は、あえなくシエラに捕まってしまった。


 

「それで、どうしてあんなところに隠れていたんですか?」

 

「いや、その……」

 許可もなく勝手にパティとティアを艦橋に入れた罰として床に正座させられた俺は、その問いに思わず口ごもった。

 ちなみに、パティとティアも自主的に俺の隣で正座している。

 

「まぁ、簡単に言うと、シエラのことが知りたかったというか……」

 

「私のこと……ですか?」

 

「あなたと話すきっかけが欲しかったみたい」

 

「そうそう! 悪気はないんだよ!」

 いや、堂々と盗み聞きまでしておいて、悪気がなかったという言い訳はさすがに無理があると思うが……。

 

「とにかく、盗み聞きして悪かった。本当に申し訳ない……」

 

「いえ……でも、ということは、さっきのあれも聞かれてしまったんですよね……」

「ああ。その、盗み聞きした俺が聞くのもどうかとは思うんだが……一体誰と話してたんだ? いや、言いたくないなら無理に言わなくてもいいぞ」

 意を決して俺がそう尋ねると、シエラはうっと一瞬、言葉に詰まった。

 パティとティアも、固唾を飲んで答えを待っている。

 しばしの間があった後、シエラは観念したかのように小さくため息を漏らした。

 

「ええっと、実はですね……あなたのいない間に、時々こっそりやっていたんです」

 

「やっていた?」

 

「はい。対人コミュニケーション訓練プログラムを」

 ……たいじんこみゅにけーしょんくんれんぷろぐらむ?

「その、恥ずかしながら私、今までここに一人でいることが多かったですし、その間、会話をする相手も限られていましたから、あなたときちんとコミュニケーションを取れるか不安で……。それで……」

 

「さっきみたいに練習してたってことか……」

 やや恥ずかしそうにしながら「はい……」と頷くシエラ。

 なるほど、そういうことなら納得……ではあるのだが。

 

「それにしても……くくっ」

 

「わ、笑わないで下さいよ~!」

 

「いや、悪い。ただ一つ言っておくと、あの訓練プログラムはあまり役に立たないと思うぞ」

 

「え? そうなんですか?」

 

「確かに。直接聞いたわけじゃないけど、かなりキザっぽいかも」

 

「そもそも、練習なんて必要ないんじゃないかな? こうやって直接話した方が早いって、絶対!」

 

「全く、その通りだよな」

 結局、お互いに難しく考えすぎていたのだろう。二年間眠っていたことで色々なことが変わってしまい、時の流れに追いつこうと、俺も少し焦っていたのかもしれない。

 だが、幸いなことに、俺は一人じゃない。二年経っても、こうして以前と変わらず接し、支えてくれる仲間がいる。

 焦る必要など、全くなかったのだ。

 

「それじゃあ、早速今から話そっか!」

 

「あの~……ところで、先程から気になっていたんですが、お二人はどちら様でしょう?」

 シーーーーン……。

 

 

「あ、あれ? あれれ? 知らないの!? アークスいちの情報屋美人姉妹、パティエンティアだよ!」

 

「恥ずかしいから自分で美人とか言わないでね、パティちゃん」

 ティアの遠慮のないツッコミに、シエラがクスリと微笑む。

 いつも静かな艦橋も、この日ばかりはとても賑やかだった。

 

(おわり)