ONEDAY③ センパイの弱点?

 とある日。アークスシップのショップエリアにて。

 

「素晴らしく運がないな、君は」

 

「運のせいにするな。あんたの腕のせいだ」

 間髪入れずに俺がそうツッコむと、アイテムラボの店員、ドゥドゥは軽く肩をすくめた。

 失敗する可能性もあると事前に言っておいただろう? とでも言わんばかりの態度である。

 

「どうする? 今日はもうやめておくかね?」

 

「……いや、もう一度だ。今度こそ頼むぞ」

 そう言って俺が強化素材であるグラインダーと手数料を手渡すと、ドゥドゥは「最善を尽くそう」と渋い声で言い残し、ラボの奥へと姿を消した。

 ちなみに、彼らがどのようにして武器や防具を強化しているのかは謎だ。以前、もう一人の店員であるモニカに強化している現場を見せてほしいと頼んだら、なぜか泣きそうな顔で「ととととても見せられません」と断られた。ラボの奥で鶴にでも変身しているのだろうか。

 

「あ、センパイ。ちょうどいいところに」

 俺がそんなことを考えていると、ふと、背後から聞き覚えのある声がした。

 

「ん? イオか。お前も強化しに来たのか?」

 

「違うよ。これからセンパイを探そうと思ってたところだったんだ」

 後輩アークスの一人であり、頭部の角とオッドアイが特徴的なデューマンの少女、イオがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 どちらかといえば一人でいる方が好き、と自称する彼女だが、根は素直で優しいので、皆から愛されている。一部、からかって楽しんでいる人もいるが……まぁ、それも愛情表現の一つだろう。

 

「実は、センパイに頼みがあってさ」

 

「何だ?」

「おれ、教導部のゼノさんに頼まれて今度、新人のアークス達にバレットボウの使い方を指導することになってさ。だからその前に一度、センパイに見てもらおうと思って」

 

「へぇ、イオがね」

 思わず感嘆の声を漏らしてしまったが、よく考えれば不思議なことではない。出会ったばかりの頃はまだ新人だった彼女も、俺がコールドスリープしていた二年間、着実にアークスとして力をつけていたのだ。

 ブレイバーの第一人者といえば、クラスの創設者であるアザナミさんだろうが、彼女はどちらかといえばカタナの扱いを得意としている。バレットボウの扱いでは、あるいはイオの方が優れているのかもしれない。

「俺が見て役に立つかはわからないが、それでもいいなら構わないぞ。ちょうどバレットボウを強化してたところだから、性能を確かめてみたかったしな」

 俺がそう言うと、イオはほっとしたように頬を緩め、あどけない微笑を見せる。外見、口調ともにボーイッシュな彼女だが、ときおり見せるこうした女性的な仕草も人気の理由かもしれない。

 

「な、なんだよセンパイ。おれの顔に何かついてるか?」

 

「いや、別に?」

 片眉を上げながらそう答えるが、イオは微妙に納得がいかないような顔。

 とそんな時、ドゥドゥが俺の預けたバレットボウを手にラボの奥から姿を見せた。

 

「ふむ……失敗じゃないかな?」

 

「イオ、少し待ってくれ。俺は今日こそ、こいつと決着をつける」

 

「よせよ、センパイ」

 今日こそ正義の鉄槌を下してやろうと意気込んだ俺だったが、イオに説得され、やむなく断念した。

 くそっ、これじゃメセタがいくらあっても足りない……またクロトさんに相談するかな……。


 そんなわけで、俺達はバレットボウの訓練のため、惑星ウォパルへとやって来た。

 見渡す限りの青い海。真っ白な砂浜には背の低いヤシの木や色とりどりの草花の他、何かのつぼみ、あるいは種子のようにも見える不思議な植物が自生している。砲仙花と呼ばれるその植物は、夜間に破裂させると美しい花火を打ち上げる一方で、昼間は定期的に毒素を吐き出す危険な存在だ。

 太陽がじりじりと照りつける砂浜に降り立った俺とイオは、砲仙花の吐き出す毒素に注意を払いつつ並んで歩く。

 

「すごく綺麗だが暑いんだよな、ここ……」

 額にうっすらと汗を滲ませたイオが、襟元に人差し指を差し込み、胸元をパタパタ仰ぐ。俺はとっさに顔を明後日の方向へ向けた。いくらスレンダーな身体をしているとはいえ、さすがに無防備すぎるのではないだろうか。

 それだけ、俺のことを信頼しているという裏返しなのかもしれないが……。

 

「? どうかしたのか、センパイ?」

 

「あ、いや、なんでもない。それじゃ、早速始めるか」

 少し早口になってそう答えながら、俺は慌ててバレットボウを構える。

 10メートルほど先に、ヤドカリによく似たエネミー、トルボンがひょこひょこと砂浜を横切っているのが見えた。

 しっかりと狙いを定めながら、体内のフォトンを活性化。重心がブレないよう、背筋をしっかりと伸ばしながら、弦をゆっくりと引き絞る。矢の胴体部分に当たるシャフトを通じてフォトンが先端のポイントへ流れ込み、眩い光が瞬く間に一点に収縮した。

 

「はっ!」

 気合一声。放たれた矢が空気抵抗をものともせず、ほとんど一直線に突き進む。それはさながら、白昼の空を切り裂く流星。

 濃縮されたフォトンの焔にその身を焼かれ、トルボンは断末魔の悲鳴を上げる間もなく塵となって消えた。

 

「さすがだな、センパイ」

 

「このくらい、大したことじゃない」

 

「センパイにとってはそうかもな」

 もう少し見せてほしい、というイオの要望に応えて、俺はさらに数匹のエネミーを仕留めて見せる。

 見晴らしがよく、遮蔽物の少ないウォパルの砂浜は格好の狩場だった。

 

「やっぱり、センパイの戦いを見るのは勉強になるな」

 構えを解いて一息入れたところで、イオが感心したように言う。

 

「大げさだな。イオもこのくらいできるだろ?」

「買いかぶりだよ、それは。それに、おれはほとんど毎日バレットボウを握ってるが、センパイはそうじゃないだろ?」

 

「まぁ、俺は器用貧乏だからな。ジグさんにも、フォトンの傾向が自由すぎるって言われたし」

 

「それは器用貧乏じゃなくて万能って言うんだぞ、センパイ」

 

「似たようなもんさ。というか、これ以上褒めても何も出ないぞ?」

 

 そういうつもりじゃない、と言うイオに苦笑しつつ、俺は再びバレットボウを構え、次のエネミーに狙いを定める。

 そして、いくつかのフォトンアーツを使用しながら、それぞれの効果的な使い方について話して聞かせた。

 

「……なぁ、センパイ」

 じっと黙って俺の戦いを見つめていたイオが、不意に声を上げる。

 

「センパイって、何か弱点とかないのか?」

 

「何だ、いきなり? というかそれ、本人に聞くか?」

「いくら探しても見つからないんだよ。どんな武器でも苦も無く扱うし、フォトンアーツやテクニックの使い方も完璧だし……こうなったらあとはもう、本人に直接聞くくらいしかないだろ?」

 

「そう言われてもなぁ……」

 というか、それを知ってどうするつもりなんだ?

 などと心中でツッコミを入れながら、俺がどう返答するか迷っていると……。

 

(っ……! まずい……!)

 いつの間にかイオの背後に身体を半透明化するやっかいなエネミー、セグレズンが忍び寄っていた。

 イオはまだ気付いていない。俺は一瞬、バレットボウを構えようとして、すぐに断念した。この位置ではイオに当たってしまう。ならば、

 

「イオっ!」

 

「ふぇっ……セ、センパイ!?」

 とっさにイオの右肩を掴んで抱き寄せると、身体を入れ替えるようにして反転。同時に抜刀し、カタナを横薙ぎに振り払う。

 鈍色の斬線が一瞬、閃いたかと思えば、次の瞬間、セグレズンの肉体は真っ二つとなっていた。

 俺はカタナを握ったまま周囲に素早く視線を走らせ、同じように忍び寄る影がないかを入念に確認する。

 幸い、他にエネミーの気配は感じなかった。

 

「……もう大丈夫みたいだな」

 

「あ、ありがとな、センパイ……って、ち、近い! 近いって!」

 腕の中にいたイオがかぁっと頬を赤らめ、弾かれたように飛びすさる。

 気持ちはわからないでもないが……その反応、微妙に傷つくぞ。

 

「そんなに怒らなくてもいいだろ。いきなりで悪かったとは思うが、今のは不可抗力だ」

 

「べ、別に怒ってるわけじゃ……。怒るのはおれじゃなくて、マトイさんとか……」

 

「ん? イオを助けて、何でマトイが怒るんだ?」

 わけのわからないことを言うイオに、思わず首を傾げる。すると、イオは呆れているとも悲しんでいるとも違う、なんとも形容しがたい表情を浮かべた。

「はぁ……これじゃ、マトイさんも苦労するだろうな。というか、センパイって確かクーナさんのことも助けたんだよな。ヒツギ達のこともあるし……よく考えると、これって色々とまずいんじゃないか……?」

 何やらブツブツと呟くイオ。先程の表情といい、何か悩み事でも抱えているのだろうか。

 

「どうした? 何か悩みがあるなら相談に乗るぞ」

「悩まなきゃいけないのはセンパイの方なんだけどな……。まぁ、おれが気にしても仕方ないか。じゃあ、センパイの戦いはじっくり見たし、今度はおれのを見てくれよ」

 

「ああ、いいぞ」

 気を取り直していつもの調子に戻ったイオがゆっくりとバレットボウを構え、手近なエネミーに狙いを定める。

 俺はそんな彼女をじっと見つめ、

 

「きれいだ……」

 

「うぇっ!?」

 イオの手から放たれた矢はあるべき軌道を大きく逸れ、見当違いの場所に突き刺さった。

 命拾いしたエネミーが一目散に逃げていく。

 

「おいおい……」

 

「ちがっ……今のはセンパイが変なことを言うから……!」

 

「変なこと?」

 

「だ、だから、いきなり『きれい』とか……」

 

「構えがきれいだから褒めただけだったんだが……そんなにまずかったか?」

 俺がそう答えると、イオは一瞬きょとんとした後、なぜか耳まで真っ赤にして顔を俯けた。

 

「大丈夫か、イオ?」

 

「……なんか、センパイの弱点がわかったような気がする」

 

「え? なんだって?」

 

「別に。何でもない」

 拗ねたような口調でそう答え、どこか不機嫌な様子で再びバレットボウを構えるイオ。

 いつも以上に険しいその横顔を見つめながら、俺は首を傾げるほかなかった。

 

(おわり)