ONEDAY② 夢の絶対令

 それはルーサーを打ち倒し、シャオがシオンからオラクルの管理を引き継いだばかりの頃。

 とあるアークスシップのショップエリアにて。

 

「よう、お前さん。改めて、この前は大変だったな」

 そう俺に声をかけてきたのは、先輩アークスの一人であり、つい先日、長らく空席だった六芒均衡の四におさまったゼノさんだった。ついこの前までは自分と同じ一介のアークスだったのに、突然遠い存在になってしまったようで、少し寂しくもある。

「それと、これも改めてなんだが……一応、六芒均衡の一人として謝らせてくれ。間違った絶対令(アビス)のせいで、お前さんを危険な目にあわせちまった」

 

「いや、気にしないでくれ。悪いのは全部ルーサーだ」

 申し訳なさそうなゼノさんに対し、俺は首を横に振る。

 六芒均衡だけが使えるアークスに対する絶対命令権――絶対令。その絶対令によって俺は反逆者の汚名を着せられ、六芒均衡を除く全アークスから追われる身となった。

 幸い、クーナによってその絶対令は解除され、裏で糸を引いていた全ての元凶、ルーサーを倒したことで、今は俺もオラクルも平和な日常を取り戻している。

「しっかし、絶対令ってのは恐ろしいな。普段、お前さんと親しくしてた人達まで、何の躊躇もなく敵にまわっちまうんだから」

 

「そうだな。ゼノさんも六芒均衡の一人になったんだし、使い方を間違えないようにしないとな」

 俺の言葉に「まったくだ」とうなずくゼノさん。まぁ、この人が間違った使い方をするとも思えないし、あまり心配はしていないのだが。

 

「ところでゼノさん。実は俺、一つ気になっていることがあるんだが……」

 

「ん? なんだ?」

 

「絶対令って、どんなことでも命令できるのか? 内容に制限があったりとかは?」

「さぁ、どうだろうな。今のところ使うつもりもないし、俺も詳しくは聞いてないんだが……それがどうかしたか?」

 眉根を寄せ、いぶかしげな顔をするゼノさんに対し、俺は声量を抑えて尋ねた。

 

「例えばの話だが……女性アークスは全員服を脱げ、という命令も有効だったりするのか?」

 

「ぶふっ!?」

 突然、噴き出したゼノさんに、周囲を行き交う人々の視線が集中する。ゼノさんは背後を向いて苦笑を浮かべながら「なんでもない」とでも言うように軽く手を振った。

 そして、なおも周囲の視線を気にするそぶりを見せつつ、俺の方へ向き直る。

 

「いきなり何を言い出すんだ、お前さんは!」

 

「いやでも、男なら誰でも一度は考えるだろ?」

 

「そ、そんなこと、考えたこともねぇよ!」

 

「……本当に?」

 俺が心中を見透かすように目を細めると、ゼノさんは「うっ」とわずかにひるんだ。

 

「本当の本当に?」

 

「それ、は……」

 冷や汗を流し、言葉に詰まるゼノさん。まるで、ダークファルスかマリアさん、どちらかとサシで勝負しろと迫られたかのような表情だった。

 俺はそんな彼の肩にそっと手をかけ、優しく諭すように告げる。

 

「ゼノさん……想像するだけなら、罪にならないんだぜ?」

 

「っ……ああ、くそっ、わかったよ。俺も男だ、想像したのは認めるよ」

「やっぱりな。わかるぜ、ゼノさん。男なら仕方ない。ところで、最初に想像した相手は誰だ? やっぱりエコーさんか?」

 

「はぁっ!? な、なんでここでエコーが出てくるんだよ!」

 俺の問いかけにゼノさんは顔を赤らめ、珍しく狼狽した。

 

「いや、いつも一緒にいるし、一番身近な異性かと」

 

「あいつが勝手についてきてるだけだっての。大体、エコーの裸なんてもう何度も見たしな」

 

「え? そうなのか?」

 意外な告白に、俺は驚きを隠せなかった。てっきり、エコーさんの好意にはまるで気付いていないものとばかり思っていたが、いつの間にそこまで関係が進展していたのだろうか。

 

「ああ。なにしろ、俺とあいつとは幼馴染だからな。ガキの頃は一緒によく風呂に入ってたんだよ」

 ……まぁ、そんなことだろうと思ったが。

「そもそも、あいつは手のかかる妹って感じで、あんまり異性って感じじゃないしな。あいつがもう少し大人になってくれれば、俺も苦労しないですむんだが……」

 

「あ……ゼノさん、待っ――」

「まぁ、そんなわけで、俺がエコーで妙な想像をしたりはしないってことだ。もしもあいつがもう少し大人になったら――」

 

「……子供で悪かったわね」

 背後から聞こえてきた、怒気をはらんだその声に、ゼノさんがぴしりと凍り付く。

 

「エ、エコー? お前、どっから聞いて……」

 

「手のかかる妹……っていうあたりから。本当に悪かったわね、異性を感じさせなくて!」

 

「いや、別に悪いってわけじゃ……」

「それと、さっき言ってた『妙な想像』って、一体なんのこと? まさかとは思うけど、いやらしいことじゃないよね?」

 

「そ、そんなわけねぇだろ! 俺がエコー相手にいやらしいことなんて考えるかっての!」

 

「なっ……どういう意味よ、それ!」

 弁解しているつもりが、無自覚のうちに火に油を注ぐゼノさん。

 怒りの形相で長杖を振り上げるエコーさんを尻目に、俺はなるべく足音をたてないよう、ゆっくりと移動を始めた。

 

「あっ、お前さん、一人だけ逃げるなんて卑怯だぞ!」

 

「待ちなさい! 逃がさないわよ、ゼノ!」

 ギャーギャーじゃれあう二人の声を背中越しに聞きながら、俺は一人ゲートエリアへと向かう。

 オラクルに平和な日常が戻ったことを、改めて実感しながら。

 

(おわり)