ONE DAY① 安藤VSクーナ

 とある日。アークス情報部の司令室にて。


 

「模擬戦闘?」

 

「ええ、そうです」

 情報部のトップであるカスラさんに呼び出された俺を待っていたのは、思いもよらぬ提案だった。

「クーナさんは最近、アイドル活動が中心となっていまして、あまり裏の活動ができていません。そのため、定期的な訓練が欠かせないんですよ。そこで、あなたの出番というわけです」

 そういうことです、と、彼の隣にいたクーナが同意する。表の顔である人気アイドルとは対極的な、静かな語り口。

「そこの陰険メガネの言うことに従うのは癪ですが、いざという時に腕が鈍っていては困ります。面倒だとは思いますが、力を貸してもらえませんか?」

 陰険メガネ、の部分だけ妙に気持ちがこもっている。が、当の本人は眉一つ動かさず、穏やかな笑みを顔に張り付けたまま。

 二人の生い立ちや今日までの経緯を考えれば、仲良くしろというのは無理な話だろうが、この険悪な空気はどうにかならないものか。俺としてはクーナの腕前より、情報部のナンバー1とナンバー2である二人が、いざという時にきちんと連携を取れるかの方が不安だ。

 

「それは構わないが……結果は見えていると思うぞ?」

 俺の答えに、クーナの片眉がぴくりと反応する。カスラさんも少し意外そうな顔をした。

 

「……随分な自信ですね。私もなめられたものです」

 

「別になめているわけじゃないんだが……」

 

「あなたの実力は承知していますが、あまり自分を過信すると足元をすくわれますよ」

 一見、淡々としているように見えるが、言葉に少々とげがあった。どうやら、彼女を怒らせてしまったらしい。

「話はまとまったようですね。では、明日の午後に訓練用のVRルームで実施しましょう。詳細は追って知らせます」

 わかりました、と短く応じると、クーナは踵を返し、足早に司令室を去る。その背中には、静かな闘気がみなぎっていた。

 

 

「……なかなかの挑発でした。訓練とはいえ、あのくらい本気になってもらわないと困りますからね」

 クーナの足音が遠ざかったのを確認したカスラさんが、してやったりとばかりに微笑を浮かべる。俺は軽く肩をすくめてそれに応じた。呼び出された際に、彼女が本気を出すよう焚き付けてほしいと言われていたのだ。

 陰険メガネここに極まれり、である。

「それにしても、随分と大きく出ましたね。もちろん、地力ではあなたの方が上でしょうが、彼女もかつては始末屋を任されていた実力者です。あまり甘く見ない方がよろしいかと」

 

「別に甘く見たつもりはない。ただ、クーナには明確な弱点があるからな」

 

「弱点……ですか?」

 

「ああ。まぁ、明日を楽しみにしていてくれ」

 最後にそう言い残し、俺は片手を振って司令室を後にした。


 翌日の14:00。アークスシップ内のVRルーム。

 フォトンの力を応用し、精緻に再現された惑星ナベリウスの草原で、俺とクーナは対峙した。

 

「では、始めましょうか。お二人とも、準備はよろしいですか?」

 

「ああ。いつでもいいぞ」

 

「……本当に、なめられたものですね」

 強大な力を持つ創世器の一つであり、波打つような青白い刃を持つ透刃マイを装備したクーナが、怒りを通り越して呆れたようなため息をつく。マイは体内のフォトンを食らい続けることと引き換えに、使用者の姿を他人から認識されにくくする、という稀有な能力を持っているが、今は普通に姿を見せている。

 

「まさか、武器も持たずにやってくるとは……。私の相手は素手で十分ということですか?」

 

「別に手ぶらってわけじゃない。ほら」

 そう言って、俺は手にしていた小さなアタッシュケースを掲げる。

 

「その中に武器が入っているとでも? その大きさでは、タクトすら入らないと思いますが」

 

「普通の武器とは少し違うからな。まぁ、戦ってみればわかるさ」

 

「……手加減はしませんよ」

 ゆっくりと腰を落とし、戦闘態勢に入るクーナ。彼女の纏う空気がより冷たさを増す。

 +10まで強化されたような鋭利な視線に射抜かれ、俺は思わず身震いした。さすがは元始末屋。

 

「では、始めてください!」

 その言葉を合図に、クーナが強く地を蹴り上げる。

 彼女の武器であるツインダガーは射程距離が極端に短く、相手の懐に入ってこそ真価を発揮する。ゆえに、彼我の距離を縮めようとするのは当然のことだった。

 一足飛びで迫るクーナ。彼女の体内でフォトンが灼熱し、マイの刀身が一際、強く輝く。

 対して、俺は――

 

「なっ……」

 おもむろに、眼前にフォトンスクリーンを起動した。

 全くの予想外だったらしく、クーナが慌てて足を止める。俺は構わずスクリーンをタッチし、とあるファイルを開いた。

 

「……一体、どういうつも――っ!?」

 いぶかしげな表情を浮かべたクーナが直後、頬を引きつらせる。

 俺が起動したフォトンスクリーンに映しだされたのは、

 

「な、ななななにを見ているのですか!」

 

「なにって……この前発売されたアイドル、クーナの写真集だが?」

 弾けんばかりの笑みを浮かべたツインテールの美少女を見つめながら、俺は平然と答える。

 正体を知っていても、この写真の少女が目の前の少女と同一人物とは、なかなかに信じがたい……。

 

「な、なにを考えて……今は訓練中ですよ!」

 

「訓練中に写真集を見ちゃいけないって決まりがあるのか? そういえば、今回は水着の写真も……」

 

「~~~~~~! だ、だめです! 見ないでください!」

 写真集の鑑賞を妨害しようと、慌ててマイを振るうクーナ。だが、その攻撃にはもはや鋭さのかけらもない。

 余裕をもって避けた俺は軽やかにバックステップし、数メートルほど距離を取る。

 

「さて、写真集はこのくらいにしておくか。次はこれだ」

 持ってきたアタッシュケースを開き、中からある物を取り出す。

 

「それは……?」

 

「知らないのか? 地球で売ってるクーナの人形だ。フィギュアっていうらしい。よくできてるだろ?」

 つい最近、新しく発見された惑星から持ち帰った逸品をしげしげと見つめる。ちなみに、コスチュームは彼女がアイドルをしている時の定番衣装、ミラセリアだ。デザインは派手だが、色合いが落ち着ているためか、どこか爽やかな感じがする。

 

「なぜあなたがそんな物を……」

 

「いや、あまりによくできてるから、つい。まさに職人技だな、これは。どれどれ……」

 

「っ……そ、それ以上は見ないでください! スカートの中まで見る気ですか!?」

 

「何か問題あるか? 俺はただ、この人形をすみずみまで観察してるだけなんだが」

 

「そ、それはそうですが、しかし……!」

 

「まぁ、フィギュアはこのくらいにしておくか。ああ、そういえば。この前発売したアルバム、買ったぞ」

 フィギュアをアタッシュケースの中に丁寧にしまいながら、俺は再びフォトンスクリーンを起動する。

 

「アルバム……? っ……ま、まさか……!」

 

「そうしたら、予約特典として面白いものがついてきてな。クーナのミニ詩集!」

 スクリーンをタッチし、目的のファイルを開く。

 

「タイトル、あたしのお星さま。きらり、きらり。舞い落ちる――」

 

「やめてください! 私の負けでいいですから、朗読しないでください!」

 顔を真っ赤にして激しく狼狽するクーナ。冷静沈着な元始末屋としての姿は、もはや見る影もなかった。

 

「……こういう決着の仕方は予想外でしたね……」

 渋面を作りながらカスラさんが言う。模擬戦闘にもかかわらず、全く戦闘らしい戦闘をしていないのだから、不満に思うのも無理はない。

 だが、彼は一つ大切なことを見逃している。

 

「カスラさん、これがクーナの弱点だ。精神攻撃は戦闘の基本。この程度で音を上げるようなメンタルじゃ、いざという時に戦えない。もっとメンタルを鍛えないと」

 

「なるほど……一理ありますね。それで、具体的にはどのように?」

 

「とりあえず、このミニ詩集を本人の前で全部朗読する。ゆくゆくは自ら朗読できるようになればベストだ」

 

「それはなかなか面白――効果がありそうですね」

 一瞬、本音が出かけたな、カスラさん。

 

「……どうやら、命の惜しくない人が二人ほどいるようですね……」

 と、その時。俺とカスラさんの背後で、これまで感じたことがないほど強烈な殺気が立ち上った。

 振り返ると、そこにはダークファルスよりも禍々しい闇を全身から放つ、憤怒の形相をした『始末屋』の姿が。

 

「これは……さすがに悪ふざけが過ぎた、かな?」

 

「……そのようですね」

 

「全力で、始末します」

 VRルームに響き渡る二つの悲痛な叫び。

 その後、数時間にも及ぶ激しい攻防の中で、クーナはすっかり実戦感覚を取り戻したのであった。

 

(おわり)